『柿くへば』

紅葉した木々をあちこちで見かける様になってきたある日の午後。
藤丸はなにやらひやりとした物が頬にあたる感触にうたた寝から目を覚ました。
はぐれ透波の里のなかで母屋と呼ばれている建物の、濡れ縁でのことである。

男衆の多くがここで寝泊りしていることもあり、普段は何かと仲間が集まることの多い場所だ。
が、今日は短くなってきた日光を惜しむように皆外へ出払っていて、残っているのは藤丸一人だった。
先程までは。

目をやると鮮やかな橙の塊をゆるくつかんだ骨ばった手が見えた。
「ほい、柿じゃ。食わんか?」
「…食う。いつ帰ってきた、じじい」

いわば寝込みを襲われた失態をごまかすようにわざと老人の手から毟り取るように柿を取る。
「ほほ、まぁほんの少し前と言った所かの」

いかにも『油断した』と言わんばかりに横目でにらみつける藤丸を気にも留めぬ風にふぉっふぉと笑う。
普段ならば、たとえ里の仲間であっても誰かが近づけばさほどの距離にならないうちに目が覚める。
それは程度の差はあれ里の者ならば当たり前のことで、忍としての用心と言うよりもすでに習性となっていた。
藤丸もそうたやすくは隙を見せないはずなのだが、どうにもこの里一番の年長者である極楽にはしてやられることが多々あった。
極楽の能力のほうが藤丸のそれより勝っていると言うことではない。
しかしそれでも、やはり年の功と言うものか長年の付き合いゆえか、するりと隙を突かれてしまうのだ。

「この辺の柿は全部が渋だろうが。どこで手に入れた?」
庭へ皮を吐き出しながら問う。

「久しぶりに甘柿が食べとうて、散歩がてらにちとふもとの村まで行ってきたのよ。どうじゃ、甘くてうまかろう?」
「たしかに、うめぇな。干し柿も甘いがありゃどうもねちっこくて好きじゃねぇ」

ふもとまでは馬でも使わないかぎりこんな時刻には帰って来れまい、などという愚問は胸にしまっておく。
極楽はその気になればその辺の駄馬よりも足が早い。

「干し柿にもいいところはあるがのぅ。ねぶって食えば、こうして食べるよりずいぶん持つ。多く食べたような気になれるぞい」
「そう言って、この柿ぁじじいが買ってきたんだろうがよ」
「ほ、ねばこい干し柿ばかり食べているとまぁ、この歯ごたえが懐かしくなる」
「俺も甘柿は好きだぜ」
他の果実のように汁が垂れないのが食べ良くて好ましい、と笑う。

「しかし、いちいち余所に行くのもめんどくせぇ話だな。里の柿が甘くなりゃあいいのによ」
「植えれば良いじゃろ。そら、種ならある」
ぷっ、と皺の寄った手のくぼへ吐き出して見せる。

「うまく根付けば食べ放題じゃ」
「そんなにうまく行くかよ。第一今から植えたんじゃ実が食えるのはいつになるかわかりゃしねぇ」
ぷっ、と種を藤丸は庭へ吐き出す。
「桃栗三年柿八年、食える柿が生るのはざっと十年後といったところかのぅ」
「あぁ?十年も待ったら爺になっちまわ」
「そんなに遠いことでは無いぞい、時は思った以上に早く過ぎるもんじゃ」

藤丸は極楽の手のひらの種を見つめた。
つややかに光る、確かな生命力を持った種だ。しかしこれが木になる様をと言えばとても思い浮かべることはできない。
「…俺の人生の半分より多い」
「わしの人生のはて何分の一じゃろう」

極楽が、あぐらをかいて座った藤丸の膝にとん、と軽く手を置いて言う。
「存外にすぐ、すぐじゃよ」
たん、たん、とそのまま膝をたたいた。
十年、十年経ったその頃には。

ふと、冷えた空気に焚き火の匂いが混じりだした。裏手で薪でも燃しているのだろう。
日暮れに備えようと支度する音が聞こえてくる。この母屋にも人が集まりだしたようだ。

「その頃には、こんな里出て面白おかしく旅でもしてるさ」
藤丸は手に持った柿の最後の一口を頬張ると、噛み当てた種をひときわ遠くへ吐き飛ばした。


後書き

相丸様のサイトにて、戦国サイバー藤丸地獄変発売十周年おめでとう企画で掲示板へ書き込ませていただいた小説です。
カキコ時よりも微妙に文字数が多くなっておりますです。

記念小説なので無理やり十年という単語を絡めてみました。
秋の夕暮れのノスタルジィ。
藤丸が無意識下で極楽のじいさんに懐いてたらいいなぁと思いながら書きました。
説明不足でなにがなんだかわからないかもしれませんが、想像力でなんとか補完をお願いします(笑)

もどる