まだ緑は見えないながらも、斬りつけるような冷たさは風から去りつつある冬の日。 今日みたく晴れの日差しを浴びているとまるでぬるま湯にひたるように心地よい。 部屋の中で一番光の集まっている場所に陣取って、手にもった部品にヤスリをかけては噛み合わせを確かめながら、風子はぼんやりと周りを見回した。 雑然と置かれた鎚や鉄床、いつもは離れていても汗が出るほどに燃えている窯は、今は火が入っていないために寒々としている。 隙間こそ極力なくしてあるものの、どこか仕上げの荒っぽい床と、その床に無造作に投げ出された大小様々な部品とおぼしき紙の束に木っ端に鉄くず。 2〜3人はゆったり座れるほどの空間いっぱいに広げられたそれらの中心には、頭のとんがった妙に楽しそうな様子の男が一人。 ここは武器制作のための工房である。 時折外から他の作業を割り当てられた仲間の声が聞こえてくるが、本日武器制作を命ぜられたのは風子とこの男だけだ。 「騨丈。」 風子は、部品と部品を付き合わせてはばらしながら、何事かを紙に書き付けてニヤニヤ笑っている男に呼びかけた。 「ん。」 気の抜けた返事はいつものこと。 「なんか話してよ。この仕事、楽しくない。」 「ん。…じゃあ昔のはなし」 まだ俺が小さかった頃に、犬を飼っていた。 というか犬がうちの近くに住み着いていたんだな。 そいつはわりと気のいい奴で、機嫌のいいときにはよく俺の相手をして遊んでくれたもんだ。 そんでも、気分が乗らないときにはまったくもって相手をしてはくれない。 俺がいくら 裏山に探検に行こう、 棒のなげっこをして遊ばないか、 どちらが速いか駆け比べをするのはどうだ。 言葉をつくしてさそっても知らん顔だ。 それでな、あんまりにも無視されるんである日おもいきって手を引っ張ってみたのさ。 とりわけ前足を触られるのを嫌がる奴だったからな。 手を握ればきっと怒って追いかけてくるだろう。 そうしたらうまく誘って遊びにいけばいい、そう思ったんだ。 こう、後ろから片手をぎゅっと握り込んだ。 そうしたらどうだ。 犬の奴、チラリと横目でこっちにらんで前を向いた と、それを見届ける間も無くすばらしい勢いで自分の手を引き抜いたね。 もしかすると、ふんっ、と鼻も鳴らしたかもしれない。 「……それで?」 「ん?犬はそのままそっぽ向いて昼寝を続けたさ。 仕方ないから俺は作りかけのおもちゃをいじったりなんかしてひとりでその日はすごしたね。」 「………それだけ?」 「ああ、見事な無視だったぞ。」 気が付けば、もう昼。 母屋で皆を呼び集める鐘の音が聞こえていた。 「じゃあ、お昼にしようか。」 |
あとがき 身内のしろたんに強制して考えさせたお題で、 『騨丈と風子ちゃんがお昼前に武器制作所でちょっといい話。タイトルはおひる』 です。 お題もらってから長い間放置していたのを無理やり書き上げてみました。 ちなみに犬話はしろたんの実体験から。 |