『薬草採取』



「おい、

壁に貼られた予定表を確認しようとしていたところ、耳慣れた声に呼ばれた。
振り返ると思ったとおり、いつものように不機嫌そうなこの里の主が立っていた。
背中には背負い籠を背負っている。

「今日は皆で手分けして薬草採りだ。子の刻は俺とおまえの当番だから、仕度しろ。」
「え。」

あわてて予定表に目を走らせると、いつもは私と小夜姉さんの二人で担当している薬草採取が、どういうわけか一人一刻ずつ全員に割り当てられていた。
確かに子の刻のそれぞれの名前の横には『薬草採取』と見まごうことなく書き込まれている。が、まだ修行開始時刻にはすこしどころかかなり早い。そんな私の逡巡に彼が頓着するはずもなく

「少し早いが、いくぞ。」

と言い捨てると、もう一つの背負い籠をこちらに放り投げて、薬草ごときに修行時間は減らせねぇからな、などと言いながらさっさと出入り口へと行ってしまった。
今日もどうせ山だろうと、一応装備はしてある。
が、薬草採取や栽培が主な私はともかくこの里の大将である彼はいつもなら隠れ里から出たりしないはずだ。まだ朝早くむしろ夜遅いと言っていい時間だのに、なんだって準備万端なんだろう。
もしや、私が気づかなかっただけで、大将みずから行かなくてはならないほど里の薬草不足が深刻だとか?
皆そんなに怪我してたかしら。

少し不安になりつつも、急いで後を追った。

「あの、藤丸様。」

二人きりで山道をかき分けつつ、私はおそるおそる話し掛けてみた。

「あん?なんでぇ。」

予想に反して機嫌がいい。

「どうして、薬草採取を全員でするのですか?それもわざわざ時刻をずらして…。」

薬草採りなんざ、男のする仕事じゃねえ。そういって彼がもっとも嫌がっていた仕事なのだ。わざわざ予定に組み込むからにはわけがあるのだろう。
そもそも、皆で採ったほうが良いというのなら、時刻を合わせて一斉にしたほうが効率的なはず。
何か深い考えがあるのだろうと思ってみても釈然としない。

「…ん?いやな、最近新種の薬草が採れねえじゃねぇか。他のやつにも探させたほうが見つけやすいってもんよ。それにきまった時刻によって咲く植物なんかもあるかと思ってな。」

筋が通っているようで、通っていない。だいたい時刻に関わりがあっても、私(と小夜姉さん)は毎日のようにほぼ一日中薬草採りをしているのだ。たいていの草は見つかるだろう。

それとも、そこまで熱心に探すほどに薬草不足は深刻なのか。
ふたたび暗い気分に落ち込みそうになっていると、

「それに、こないだ光る虫のいる場所があるって言ってたじゃねぇか。」
「え?ええ…」


そういえば、つい先日も今時分から薬草を採りにいった。
そのときに、薄く緑色に光る今まで見たこともない美しい虫が飛んでいて、この里にくるまではほとんど外に出られず過ごした私は夢を見ているのかと思うほどに感動したのだった。
仕事を放り出してはしゃぐ私にあきれつつも、小夜姉さんがあれは蛍といって夏のひとときにしか現れないのだ、と教えてくれた。
里に帰ってからも興奮が冷めず、夕食を食べながら喋り続けて楽天丸に馬鹿にされたっけ…。


「あの、それがなにか?」

薬草と何か関係があるのかと尋ねてみれば、あせったように籠を揺すり上げ、

「いや、虫が居るってことは…あれだ、餌や住処になる植物が豊富だってことだ。光る虫なんて珍しいもんが棲んでんだ、珍しい草があるにちげえねぇよ。」

いつも以上に口をへの字に曲げて早口でそういうと、
だから今日はそこへ行ってみようぜ、と、なぜか勝ち誇ったように言い放ってくるりと前を向いた。


重い肩の荷でもおろしたように、足を速めて目的地に向かうその背中は、なんだか嬉々として見えた。




「ここです。」

ほどなく蛍を見つけた場所についた。

「ここからじゃ、少しわかりづらいけれど、その藪を抜けると川があるはずです。」

そう声をかけると、返事もせずにあたりをきょろきょろと見回している

「…藤丸様?」

無言で藪をかき分けて行ったきりこそりとも音がしないので、私も慌てて藪を抜けると、思いがけなく間近に背中があった。

「あ、すみません…」

身じろぎもせずに立ったままだ。…聞こえて、いるのかな?
廻り込んでそっと横顔を盗み見ると、口を半ば開いた姿勢で前を見て固まっている。

その視線をたどって前を向くと、以前見たときそのままの蛍の群舞が広がっていた。
水面に反射する薄い月明かりの中で舞う姿は、二度目とはいえ、やはり美しい。
さすがに小夜姉さんと来た時とは違い、我を忘れてはしゃぐ気にはなれなかったが、なんだか自慢したいような誇らしい気持ちになってきた。
偶然とはいえこの場所を見つけたのは私なのだ。

「きれいでしょう?今しか見られない光景だそうです。」

「そうだな…すげぇ…」

てっきり、「単なる虫じゃねぇか」もしくは「けっ腹の足しにもなりゃしねぇぜ」といった類の返答を予想していたのに、なにやら素直な答えが返ってきたのが意外で、ひどく驚いてしまった。
その驚きを感じ取ったのか、私が顔を見上げたと同時に

「こんなとこで道草食ってる場合じゃねぇや。さっさと薬草を探そうぜ。」

と、ことさら大きな声で言うが早いか足早に崖へ向かって立ち去ってしまった。


後に残された私は、しばらく驚きの余韻に動けなくなっていた。
急に鼓動が早くなる。


あのとき瞬間見た彼は、たしかに、笑っていた。
そう確信すると、驚きはじわじわと変質して、私は喜びでいっぱいになっていった。



あとがき

テーマは、藤丸にどっきり!?(今決めた)
藤丸初ドリーム(というか初小説)です。なにやら乙女らしく仕上がりました。
ドリームのくせに、名前最初しか呼ばれませんが。

薬草採取。実際にゲームで全員に一刻ずつ採りに行かせたこと、あります。あんまりにも新種薬草増えないんで、素早さとか関係あるのかな〜、と思って。関係ないんですけどね。


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