『薬草採取その2』




藤丸とは、珍しい薬草が生えていないかと辺りを探りながら崖に近づいた。




たいていの薬草は崖の途中に隠れるように固まって生えている。
うまくその群にあたればよいのだが、読みが外れたときには収獲はないも等しい。

薬草が多く生えていそうなところに見当をつけて縄を垂らす。

「藤丸様、わたくしが先に降りますので、後からついてきてくださいませんか?」

いくら藤丸でも薬草採りには慣れていまい。 も最初の頃は崖の上り下りだけで恐ろしかったが、さすがに今では慣れた。
採取にかかる時間もかなり短くなり、目に付きにくい薬草でも取り残すことがなくなったのは少し自慢だ。
コツが必要なことでもあるし、手本を見せたほうが良いのではないか。
そう考えて声をかけたのだが、藤丸はふん、と軽く鼻先で笑い、

「たかが草取りじゃねぇか。俺がちゃちゃっと行って採って来てやらぁ。、お前はここで待ってな。」

そう言い残すと、返事をする間も無くするりと縄を伝って見えなくなってしまった。
上から覗き込んで様子を見ていると、どうやらうまく薬草群のある場所にあたったらしい。崖から摘み取っては背中の籠に入れている。

しばらくすると採り終わったらしく、縄を上りはじめたのがわかった。

「藤丸様」

さすがに素早い身のこなしに感心しながら、頭上に気を付けるように声を掛けようとした刹那、どこからともなく岩が崩れて藤丸の上に降って来た。

「ぐあっ」

当然のことながら、藤丸は崖下へと転落していく。

「藤丸様!?」

慌ててが下を覗き込むと、どうやら途中で止まることができたらしく、下の方で動く人影が見えた。
みるみるそれが近づいてくるのを見て、ひとまず安心する。

「ちっ、油断したぜ。」

間も無く上に上がってくると、藤丸は後頭部をさすりながら籠を覗き込んで悔しそうにそういった。

「どうかなさいましたか?」

怪我を負ってはいないかと、そっと髪をかき分けて調べながら尋ねる。
邪険に手を振り払われたが、見た感じではどうやら軽いこぶ程度で済んだらしい。

「さっき採った薬草ぜんぶ、弾みで落っことしちまった。」

「薬草よりも、お怪我がなくて良かったですよ。」

本心からそういったものの、藤丸はあきらめがつかないらしく、

「しょうがねえ。もう一遍いってくらぁ」

身軽く立ち上がると、あっという間に場所を少しずらして縄を打ち直し、が止めようとした時にはすでに藤丸の姿は消えていた。
なんとも素早いものだと半ばあきれつつ、しかたなく今回も上から見守ることにした。
と、するすると順調に縄を降りていると思われた藤丸は、そのままつるりと崖下に落ち、見えなくなってしまった。

「え、ふ、藤丸様っっ!?」

今度こそ下まで落ちたかと、声をはりあげた。

「藤丸様ー!」

「…ここだ。」

声のするほうに顔を向けると、のいる場所からずいぶんと下ったところに藤丸が憮然として立っているのがかすかにだが、見える。
どうやらうまく段差があったおかげで下までは落ちずに済んだらしい。
月明かりのおかげでようやくわかる程度なのでよく様子がつかめないが、今回も怪我をした様子はないようだ。
は胸を撫で下ろしつつ声を掛けた。

「藤丸様、大丈夫ですか?」

「手が滑っただけだ。すぐそこに行くから待ってろ。」

怒鳴り声とともに崖に手を掛けると、言葉どおりたいした時間もかけずに這い上がってきた。

もう帰りましょう。がそう懇願するように言うと、馬鹿らしくなったのか、さすがにこう何度も落ちてはかなわないと思ったのか、藤丸は悪態をつきつつも素直に帰り道へと足を向けた。





帰り道、藤丸は無言だった。
藤丸ほどの忍が二度も崖から落ちたのだ。不機嫌になるのも仕方があるまい。
そうは思うが、もしかするとどこか怪我でもして痛んでいるのではあるまいか、と気にかかって仕方がない。

「…どこか痛むのですか?」

不興を買うのを承知で思い切って尋ねてみると、

「…別になんともねえ。」

との答えが返ってきた。その声の調子からすると不機嫌という風でもなく、なにやら奇妙な顔で考え込んでいる。
崖から落ちた事がそんなにこたえたのだろうか。私はいつも落ちているから平気なのだけど。
落ちないときのほうが少ないということを教えたほうが良いのだろうか。
が今度は別の心配を始めていると、もうじき里の入り口というところで急に藤丸が足を止め、

「…。」

くるりとこちらに向き直ると改まった様子で呼びかけてきた。

「は、はい。何でしょう」

思わず身を硬くして答える。

「薬草採取があれほど危険な仕事だったとは知らなかった。すまねえ。」

こんどからは、助八か黒兵衛にでも行かせることにする。藤丸は神妙な顔でそう告げると、さっさと里の中へ入っていった。

…もしかして、そのことをずっと考えていたのだろうか。
そう思うとなんだか可笑しくて、少し笑ってしまった。
本当に、今ではもう慣れっこなのだ。岩が落ちてくるのも、崖から落ちるのも。
第一、この辺の山のどこに薬草が豊富にあるかを最も良く知っているのは、いまやと小夜姉さんなのだ。
気持ちはありがたいが、仕事に対する誇りもある。どうせ、すぐに巫女たちのほうが適任だってことになるのに。

それまで何をしようか。たまには伝八や塀五郎とともに旅芸人をするのもいいかもしれない。
そんなことを考えながらは次の予定をこなすため、畑に向かった。



あとがき

うちでは薬草採取は巫女か黒兵衛の仕事でした。黒兵衛ごめん、二十四幕まで一度も戦闘に出してなかったよ!
煙羅の助八は薬物生産と金策専門。うちの忍、そんなんばっかや。

この話のメインは崖からつるりと落ちていくところ。ほんとつるつる落ちてましたからね。
薬草採取侮りがたし。つか、あんだけ岩あたってたら死ぬです。


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